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ー​スタッフ日記ー

 第81回「残稿 -終戦の日に-」 2019.8.15.

 

 ひとりよがりのスタッフ日記は
 前回で終えたつもりでしたが、
 この時季の残稿がありましたので、
 追録させていただきます。

 『こよなく晴れた青空を 悲しと思うせつなさよ』
 (「長崎の鐘」1949年
   作詞:サトウハチロー 作曲:古関裕而
   歌:藤山一郎)

 

 先日、ぼんやりと動画を漁っておりましたら、
 由紀さおりさんと安田祥子さん姉妹の歌う
 「長崎の鐘」を見つけました。
 私の世代では知っている人も少ないかも知れません。
 自分の場合は椎名誠さんの「犬の系譜」という
 小説のモチーフとして知り得た歌で、
 ああ、こんな歌だったなぁと思い返しながら、
 由紀さんのしっとりとした歌声を聴いておりました。
 ところが、歌の二番からお姉さんが歌い出すと、
 藤山一郎さんへのオマージュでしょうか、
 実にストレートに、
 はじめから一貫して力強く歌われるではありませんか。
 それが詩とメロディーと共に急に迫って来て、
 この安田祥子さんとは何者だと驚愕しつつ、
 迂闊にも咽び泣くほど感動してしまいました。
 私はキリスト信者ではありませんが、
 妹尾河童さんの「少年H」を読んだ時以来の、
 涙が止まらない体験でした。

 

 近年、隣国との経済論争や、
 マナーが悪いなどと罵り合ったりしていますが、
 戦争だけは絶対に駄目だと、
 改めて歌に諭された気がしました。
 単に過去の辛い経験ということではなく、
 人類の永久の課題なのだと、
 歌に込められた当時の人々の思いを痛感しました。

 

(Nセンス)

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 第80回「長い坂」 2019.7.15.

 以前から薄々感じていたことですが、
 人の感情にはベースになるもの、
 捉え方の癖のようなものがあって、
 出来事というのは言わば「切っ掛け」でしかない、
 とこの頃実感しています。

 人生にはいろいろな出来事があって、
 泣いたり笑ったりしているけども、
 実はほとんどの場合、
 それは感情表出の「切っ掛け」であって、
 捉え方ひとつでいかようにもなる、と。

 井上陽水の「長い坂の絵のフレーム」という歌に、
 こんなくだりがあります。

 『生まれつき 僕たちは 悩み上手に出来ている』
 『誰よりも幸せな人 訳もなく悲しみの人』

 

 いつも笑顔の人は、
 必ずしも幸福なことばかりではないけども、
 笑顔でいられる人生観を身につけている。


 いつも悩んでいる人は、
 ひとつ解決しても、
 またすぐに悩むべき課題がやってくる。


 いつも怒っている人は、
 思うようにならない理由を考えることなく、
 自分にも他人にも終始怒っている。


 それに自ら気づいて、方向転換していったら、
 お互いに居心地のいい社会になるのではないでしょうか。

 さて、このスタッフ日記もおかげさまで80回。
 これを機に、私のひとりよがりではなく、
 全員参加型へリニューアルしたいと思います。
 おだい介護サービス社員の、
 バラエティに富んだ新たなスタッフ日記にご期待ください!

 

 (Nセンス)

 第79回「それでも」 2019.7.1.

 政府のいう「働き方改革」とは、
 即ち有給休暇取得の義務化だそうです。
 そもそも経営努力というものを知らない人たちには、
 一生かかっても我々の苦労は分からないでしょう。

 しかし、
 怒りを堪えているだけでは何も始まりません。
 先日、交流のある某社会福祉法人の
 創始者の方の奮闘記をいただき、
 通勤途中でぱらぱらと読んでおりましたら、
 ふと若い頃の情熱を思い出しました。
 障がいのある方のために
 遮二無二進んで国を変えていく姿勢こそが、
 まさに焼け野原からはじまった
 この国の社会福祉であり、
 政府が悪いとか、売上がどうとか、
 そんなことでいじけている自分に落胆しました。
 時代の責務を果たさなければならない。
 そんなことを痛感しました。

 『それでも けんめいに
    生きて行くと そう決めた』
 『誇りと 正義のために
    戦う自分がいるはず』
 (小田和正「この道を」2018年)

 自分は決して
 小田さんの熱狂的ファンではありませんが、
 この歌には癒されました。
 御歳71だそうです。

 (Nセンス)

 第78回「レース」 2019.6.15.

 今年も行って参りました、横田駅伝。
 身体を休めることもままならず、たいした練習もせずに、
 果たして完走などできるのか。
 この数カ月、自分に問いかけてきました。

 『ためらい隠し走り続けた 180days
   誰のために 何のためにと 魂は泣いてた』

 

 知る人ぞ知る、長渕剛の「レース」ですね。
 自分自身との戦いを長いレースに見立て、
 はじめて「負け」を自覚するまでの日々を、
 ギターとハーモニカだけでシニカルに歌います。
 ここから、ミュージシャンとして

 ひと皮剥けた感があります。

 で、自分もひと皮剥けるために、己と戦いました。
 3㎞を過ぎた辺り、

 もう駄目だ、歩こうと思うと沿道の声援。
 暑過ぎない良好なコンディションに一切の言い訳も失い、
 無心に腕を振って「ゾーン」に突入。
 何とか、アンカーO辻さんへ

 タスキを渡すことができました。
 日頃の身体づくりからはじめないと駄目だな、
 と今更感じた四十半ばの昼下がり。

 『負けた負けた自分に負けた 負けた負けた今度ばかりは
   負けた 負けた負けた 負けた負けた 初めて負けた』

 レース後の、意外に冷えた場内ビール。
 なぜか塩気のない、素朴に焦げたハンバーガーが妙に旨し。
 とどめは新宿情熱ホルモン。
 今年も無事生還できたことに乾杯!

 (Nセンス)

 第77回「Strength!」 2019.6.1.

 木場公園の東京都現代美術館がリニューアルオープンしたようで、

 先日久しぶりに行ってみました。

 何しろ現代アートの美術館ですから、

 ショップやカフェ、中庭に至るまでお洒落に違いなく、

 いかにも若者が好きそうな雰囲気でした。

 展示中の作品は前衛的な現代アートで、

 知識のない自分としましては、首を傾げてしまう作品ばかり。

 マックス・エルンストのコラージュ作品も嫌いではないし、

 ルネ・マグリットの絵画に感銘も受けましたが、

 既製品を使った意味不明のオブジェや映像、

 子どもの悪戯のような絵画など眺めておりますと、

 解説や芸術論にも思わず苦笑。

 奇を衒うような作品にはどうしても心が動きませんが、

 ここまでやらなければ、突出した作品にはならないのでしょう。

 とにかく何かに挑戦したいという意欲だけは、

 ひしひしと伝わってきました。

 

 で、話は変わりますが、

 実は今秋も「おだい介護フェス」を予定しておりまして、

 何だかんだと言いながら、

 この美術館のようなイメージに迫りたいと思っているのです。

 キーコンセプトは『strength!』、

 つまり皆さんが持っている「強み」というものにスポットを当て、

 サービスご利用者やそのご家族、

 あるいはスタッフの「強み」を集結させたいと考えております。

 ご期待ください!

(Nセンス)

 第76回「いつも、あなたと」2019.5.15.

 ほぼ毎週見ている唯一のテレビ番組

 「カンブリア宮殿」ですが、
 次回予告の際に流れているメロディーって

 皆さんご存知でしょうか。
 自分も近年知ったのですが、
 あれジョー・サトリアーニだったんですね。
 「Crowd Chant」という曲らしいですが、
 魂を鼓舞するノリのいいメロディーでありながら、
 後半は滋味があって、どうかすると泣けてくるんですよね。
 男の仲間意識みたいなところを突かれますね。
 しかしジョー・サトリアーニも、
 むかしはエレキギターの似合う長髪だったんですが・・・。
 ま、それはよしとしましょう。

 もう4年前になりますか、
 お台場の海辺のリレーマラソンに

 会社の仲間で参加したのですが、
 おだい介護ランナーズの紹介時のバックミュージックを
 自分が選曲させていただきまして、
 それが実はジョー・サトリアー二の
 「Always with Me, Always with You」だったのです。
 海浜の青空にかなりマッチしていたと

 自己満足しているのですが。
 検索できる方は是非聞いてみてください。

(Nセンス)
 

 第75回「新元号という分岐点」 2019.5.1.

 史上最長の10連休ということですが、
 サービス業の皆さまにとっては稼ぎ時であったり、
 あるいは勤務のシフト調整にご苦労されたところも

 多いものと思われます。
 個人的には1月の「鮟鱇鍋」以降、
 休日の度の更新研修が始まったところへ、
 急に奥歯が痛みだし、歯科にも通うこととなりまして、
 仕事上では年度末にかけて異動やら引き継ぎやらが重なり、
 気持ちの休まる日がありませんでした。

 普段、休日は髭など剃らない人なのですが、
 この数カ月毎日髭を剃っておりましたら、不思議なもので、
 これまで無意識にやってきた髭剃りまでもが

 嫌いになってしまいました。
 行為そのものではなく、
 一日たりとも肌及びシェーバーを休ませない現実を

 招いた自分自身に、
 やるせない怒りを抱いているようでありました。

 ストレスの解消や体調管理について、
 正面から向き合うようになったのは

 三十を過ぎてからでしたが、
 先日某医師の書いた自律神経を

 整える方法を読んでおりましたら、
 幼い頃から意図してやってきたことがいくつか載っており、

 少し安心しました。
 たとえば、自分を悩ます要因を頭の中で箇条書きにして、
 解決出来ることと出来ないことに分類してしまうという

 習慣です。
 自分で変えられることと変えられないことの分岐点を

 見つけられるかどうかが、
 幸せになれるかどうかの分岐点だと、
 アルフォンス・デーケン先生も言っていたように思います。

 皆さん、休みの日はしっかり休みましょう!

 

 (Nセンス)
 

 第74回 「地元を歩く」 2019.4.15.

 先日、散歩の延長で、

 以前住んでいたアパートの周辺まで行ってみました。
 親水公園沿いに歩いて10分程のところですが、
 普段の生活で通りがかることもなく、

 数えてみますと実に18年ぶりでした。
 近くて遠いとはこのことです。

 もう当時のアパートはなく、
 近所のラーメン屋も理髪店も酒屋もなくなっていましたが、
 道の形状とバス停だけはそのままで、
 知る由もない若い女性がひとり、

 風の中でバスを待っていました。

 『知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい』
  
(作詞/永六輔 作曲/中村八大 「遠くへ行きたい」)

 ジェリー藤尾さんの面持ちで

 思わず口ずさんでしまいますが、
 知らない街どころか、地元ですから!

 日常のほとんどを職場のある地域で過ごしている訳で、
 早朝と夜間にしか通らない地元には、
 開店しているところを見たこともないお店も多々あり、
 自宅周辺の変わりようを全く知らないというのは、
 何とも不思議な感覚です。

 自分が出勤する頃、地元に働きに来る人がいて、
 自分が帰る頃、職場地域に帰ってくる人がいる。
 昼夜で人が入れ替わるなんて、

 東京らしいということでしょうか。

 (Nセンス)
 

 第73回 「福祉とソーシャルビジネス」 2019.4.1.

 いつぞやこのスタッフ日記でも書きましたが、
 私たちの業種は、

 言わばボランティア精神との戦いでもあります。
 福祉とは無償なり、しかし無償のサービスは不安定が前提、
 文句は言いづらく、関係性が良くなれば「心付け」などが
 横行する可能性もあります。
 ビジネスとして確立させるべく、保険外サービスについても
 いろいろと考えますが、東京都最低賃金(時間給)は
 この10年で220円近く上がり現在985円、
 この人件費を回収しようとすると

 料金はそれなりに高額となり、
 なかなか実行に移せないという状況です。

 水の浄化剤で有名な日本ポリグルの小田会長が、
 某途上国に寄付で簡易水道をつくったところ、
 蛇口が取られたりして、すぐに使えなくなったそうです。
 しかし実際に浄化剤を使用し、

 きれいな水を使うようになってから
 体調を崩さなくなったと実感した女性たちが、
 浄化剤の使用方法などの知識を得て

 対面販売するようになり、
 また男性はきれいにした水自体をリヤカーで
 村々に販売して歩くという手法、
 つまり現地に即したビジネスとなることで、
 周辺地域に普及していったようです。
 これにはソーシャルビジネスとしてのいろんなヒントが
 詰め込まれているように思います。

 今年度も勉強、勉強の一年になりそうな気配です。

(Nセンス)

 第72回 「無常という事」 2019.3.15.

 『永遠なのか 本当か 時の流れは続くのか
   いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか』

 

 ご存知、ザ・ブルーハーツの「情熱の薔薇」ですね。
 強烈な歌詞です。
 日本橋から築地、そして豊洲へと時代は変わっても、

 

 そもそも時の流れさえいつまで続くものか判りません。

 要支援の方を対象とした訪問・通所のサービス、
 いわゆる総合事業が、この春から緩和型サービスへ移行していきます。
 このままでは介護保険はパンク、人材もない、
 だから人手の裾野を広げて報酬も下げるいという訳ですが、
 真意は事業者に撤退を勧め、
 やってくれる事業所がないので申し訳ありませんと言いながら
 フェードアウトを図るという行政の手法が透けて見えます。

 

 変わらないものはない、と言えば平家物語です。
 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」。
 良いことも悪いことも、長くは続かない。
 この言葉に何度戒められ、どれだけ救われてきたか判りませんが、
 自分たちもまた、変わっていかなくてはならない時に来たと
 痛感しております。

 

 今後、要支援の認定を受けた方から訪問・通所サービスが受けられない
 という事態が出てくるものと思われますが、
 これまで同様、結局利用者の方に説明していかなくてはならないのは、
 行政ではなく事業者なんですよね。

 

 (Nセンス)

 第71回 「ジャスティス!」 2019.3.1.

 小学生の頃、毎週水曜日の朝に「せいけつ検査」というものがありました。
 「ハンカチ・ちり紙は持っているか」「爪は伸びていないか」
 「髪は洗っているか」など、数項目を尋ねられるという憂鬱な時間です。
 基本的には自己申告で、該当する場合は挙手をするというものでしたが、
 あれは小学三年生の頃でしたか、
 ある時、自分はふと前の席に座る少年の耳の後ろが茶色く汚れていることに気づき、
 挙手をして、「○○君はお風呂に入っていないと思います」などと言い放ったのです。
 なぜそう思うかと先生に聞かれ、
 耳の後ろがいつも垢で汚れている云々と話しているうちに、
 前の席の少年は両手で耳を覆ったまま、机に伏して泣いてしまいました。
 今考えると自分は本当に最低なやつですが、

 当時は「正しいことは絶対だ」と思っていました。
 嘘をつくことは悪いことだ、何も間違っていない、と。

 すると女の子の中でリーダー的な存在の子に、
 「だからって、みんなの前で言わなくてもいいじゃん!」と、ものすごく怒られたのです。
 はじめて、自分の「正しい」に疑いを持った瞬間でした。

 四十を過ぎて、その女の子に当時の話をすると、
 彼女の方は全く憶えていませんでしたが、自分にとっては衝撃的な出来事で、
 道徳とか倫理とか偽善とか、そんなことに興味を持つきっかけになったかも知れません。

 先日、ある研修でこんな言葉を耳にしました。
 「生活援助を回数制限されたと勘違いしているバカなケアマネがいる。
 国はひと言もそんなことは言っていない」。
 いいえ、時間がないなかで書類提出等をさせること自体が抑制なんです。
 もちろん、利用者さんにはそんな説明はしませんが。

 正しいとは何なのか、毎日のように考えさせられます。

 (Nセンス)

 第70回 「鮟鱇鍋2019」 2019.2.15.

 日曜朝からJ君の愛車Jに乗り込み、向かうは茨城大洗。
 守谷SAで朝食、塩ラーメンの煮干し出汁が五臓六腑に沁みわたり。
 心配していた天候にもどうやら恵まれ、フラットな茨城の地平線と、
 彼方まで澄んだ青空眺めつつ、今年は早いな友部SA。
 初音ミクなど聞きながら、高速降りたら海まで5分、
 白く輝く水平線、二年ぶりの眺望。

 「潮騒の湯」到着、駐車場の猫健在。
 晴れた海原望んで露天風呂、Tさん足の線疑惑。
 話しながら長風呂し過ぎて汗ひかず、社長の腰痛再燃。

 ふらふら出てきてモルツ大生。
 いきなり鮟肝、ほぼチーズ。
 甘みの濃い刺身盛り合わせに焼きししゃも弾け飛び、
 いか刺お代わりしてる間に鮟鱇鍋の湯気。
 寝処で食後の休憩、おっちゃんたちに紛れて暫し鼾。

 めんたいパークは今日も行列。
 津波被害の写真と「ほんとうの笑顔が戻るまで」のメッセージに思わず涙。
 ガルパン最終章の後はどうすると考えながら、まいわい市場でしらす干し。
 土産屋に、寄るたび探すご一行。

 帰路も夕暮れ、小腹に激辛カレーパン。
 都会のネオンに安堵の胸を撫で下ろし、明日の研修に溜息など吐きつつ、
 スカイツリーと東京タワーの並立に郷愁を感じる四十半ばの某日。
 霜降り明星ばりの、しょーもない人生!

 (Nセンス)

 第69回 「生活を照らす」 2019.2.1.

 近年はリハビリ主体の訪問看護ステーションが増加し、
 リハビリサービスの選択肢が広がりました。
 しかし統計的に見ますと、
 訪問や通所によるリハビリ利用者の多くは
 自立度の高い要支援~要介護1~2の方がほとんどです。
 介護度の重い方にとって、食事や身体保清はリハビリ以前の課題と言えます。

 圧倒的人手不足を背景に、「生活援助」は回数制限が設けられ、
 介護保険サービスは重度の方に焦点化していく方針です。
 しかし介護の目的は、生活の維持・拡大・向上であり、
 「生活援助」が制度上どうなろうとも、
 生活のための介護であることは間違いないのです。

 かつて私は特養で働いており、この二十数年で多くの施設に伺いました。
 面会者に気持ちのいい挨拶ができる施設、できない施設。
 建物も理屈も立派だけども、
 職員が主役で利用者が脇役になっている施設など様々でしたが、
 今になって感じることは、私のいた特養では、
 ちゃんと「利用者の生活」にスポットが当たっていたということです。

 どこの施設でも職員は一生懸命で、アットホームな施設だって沢山ありますが、
 利用者の個性や生活感に充ち溢れている施設というのは、
 やはり伝統が違うのだと思います。
 それは決して数値化できる評価ではありませんが、圧倒的な違いです。

 在宅介護においては、「生活」にスポットが当たりまくりでなければなりません。
 価値観や考え方の違いを理解し、ひと一人が生きる騒ぎに振り回されながら、
 生活が、人生が楽しいものでありますように、
 今年も職員一同頑張っていきたいと思います。

 (Nセンス)

 第68回 「食に関する一考察」 2019.1.15.

 

 寒冷の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
 たまには緩くいきたいと思い、ある休日の夕食を書きとめてみました。
 まず缶ビールはプレモルのエールと一番搾り横浜。

 メニューは平目の刺身、カボチャの天婦羅(黒ゴマ和え)、

 醤油ベースの鍋(豚肉、白菜、人参、春菊、舞茸、豆腐)、

 シメはラーメン投入でした。

 並べてみますと順当な冬の和風コースで、お恥ずかしい限りです。
 

 自分は全く食通ではありませんし、

 特に好き嫌いもなく、食事は質素で構わないと思っているのですが、

 家内に言わせれば超我まま、とんでもなく贅沢をしているそうです。

 確かに、パックのごはんなら食べないとか、平気で言ってますね。


 食生活について、これまであまり意識したことはなかったのですが、

 食べたものというのはちゃんと身体に出るんだな、と感じる年齢になりました。

 ナッツを食べると翌日にニキビができるとか、

 甘いものを摂り過ぎると衣類の擦れるところに発疹が出るとか、

 炭水化物を少し抑えただけで翌朝に腹が減るとか。

 まさに身体は食事でできているんだなぁと日々感じております。


 独り暮らしの高齢者の食事は、とても偏りがちです。

 毎日スーパーやコンビニへ行って、一人分の惣菜を選ぶことなどができれば幸いですが、

 介護保険の訪問介護は制度改定の度に抑制され続けており、

 これに応えることは時間的に困難です。

 配食サービスが飽きたとか、食べきれないとか、

 高いなどと言っていては、バランスの良い食事など摂れない訳です。
 地域の要支援・要介護高齢者の「食」を守るために、自分たちに何かできないか。

 今年はそんなことにも目を向けていきたいと思っております。


 (Nセンス)

 第67回 「キャリアパス幻想」 2019.1.1.

 

 新年おめでとうございます。
 こうして新たな年を迎えられることは、

 決してあたりまえのことではないと思っております。
 応援していただいている皆様に感謝申し上げます。

 さて昨年10月末の社会保障審議会分科会で、
 「勤続10年の介護福祉士」等に対する別建ての処遇改善について

 提案がなされたようであります。
 これが10年くらい前から始まっていれば、

 少しは介護業界も違ったのではないかと思うのですが、
 ともかくありがたいことではあります。
 介護福祉士の10年選手が多い弊社では、
 素人から経験者を育てるステップアップモデルなど適合しませんので、
 長く就労されている人を評価することには大賛成であります。
 一方でキャリアパスの要件云々と言われますが、
 数百人規模の施設ならともかく、小規模の事業所にとってはピラミッドも何も、
 個々に優劣をつけるだけでは意味がありませんので、考え方を変えなくてはなりません。
 他に目指すものがないから何となくケアマネになり、
 やってみたら案外虚しいので包括へ移ってみたものの、
 なかなか大変で待遇に見合わないから放心状態で他の業界へ、
 というような、自己待遇優先の「渡り鳥族」によるキャリアパス幻想が、
 この業界の貧しさを露呈しています。

 

 そもそも介護職という職人にピラミッドイメージが適当なのでしょうか。
 能力は学歴や肩書きに全く比例しません。
 専門・認定看護師のように得意分野をプラスしていく仕組みが仮にあったとしても、
 講習費用等が処遇面で還元されるのか甚だ疑問です。
 保険ベースの仕事というのは、やはりそこに限界があるように思います。

 

 他分野の技術や知識でも、人を相手にする限り、介護に役立つことは沢山あります。
 報酬向上は、やはり個人ではなくチーム全体で考えていくべきものだと私は思います。

 

 (Nセンス)

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