
ースタッフ日記ー
Season3
-Archive-
『忸怩たる思い−jikujitaru omoi− vol.58』2026.4.
うららかな春に、左手の親指が疼きまして。
むかし空手をやっていた時分に靭帯を切って手術したなあ、
などと感傷に浸っていましたら、
ケガをしたのは右手の親指だったことを思い出し、
我ながら驚愕しましたNセンスです。
先日トレーで食器を運びながら、かう考へました。
ただ寄せただけでは乗り切らないグラスやカップが、
それぞれの器の向きや配置によっては、上手くおさまることがある。
これは家庭も同じで、家族がぶつかり合うのは簡単だが、
上手くおさまるには、それぞれがおさまるべき方向を向き、
居場所を見つける必要がある、と。
会社もひとつのトレーだと考えられます。
育ちの違う、趣味嗜好の違う様々な人の集まりであっても、
適所に人を配置できれば、上手くおさまって、安定します。
さて世界はどうでしょうか。
地球という大きなひとつのトレーに、地理的にはおさまっている筈ですが、
絶えず犇めき合いが起きています。
自国の利益を何としても守ろうとして、他国の子どもの命まで奪ってしまう。
そこまでして得なければならない利益なのか。
なぜ競争の域を超えてしまうのか。
なぜそれを誰も止められないのか。
とかくに人の世は住みにくいものです。
ところで左手の親指が痛むのは、どうやらiPadで動画など見る際に、
知らず知らず負荷がかかっていたようでした。
自業自得ですね。
とかくに人の世は、因果応報ばかり。
(Nセンス)
『忸怩たる思い−jikujitaru omoi− vol.57』2026.3.
家々の庭木に桜の花を見かけるこの頃、
いかがお過ごしでしょうか。
冬季オリンピックを、ほぼニュースでしか見られなかったNセンスです。
先日、また田舎にいる親父の夢を見ました。
家の隣に、家と変わらない大きさの作業場があるのですが、
その屋根の縁で、なぜか父が寝転んでいるという夢でした。
寝返りうったら今にも落ちそうで、
自分はニ階の部屋の窓から、危ないぞと声を掛けていました。
しまいには、屋根の縁でゆっくりと後転倒立しはじめたので、
この人は何なんだろうと驚愕していました。
これまで父は、夢の中で何度も○んでいます。
千昌夫さん「望郷酒場」の「なぜか、おふくろ気にかかる」然り、
普通息子は母親を心配するものだと思うのですが、
自分の場合、とにかくやたらと夢に親父が出てきます。
世代的に、利用者さんの生年月日を見て、
親父よりひとつ若いとか、ふたつ年輩とか、
日々無意識に思っていることが夢の原因だと思われます。
亡くなった方もいれば、介護を受けている方もいるなか、
元気でいるだけで幸いだと実感するこの頃です。
いつぞや、お歳暮が届いたという電話がありましたが、
まだ仕事中だったため、早々に切ってしまいました。
会えるうちに、会っておいた方がいいですね。
(Nセンス)
『忸怩たる思い−jikujitaru omoi− vol.56』2026.2.
お寒うございます。
子どもの食べている青りんご風味のゼリーの匂いから、
自分が小学生の時、
青りんごの飴が好きだったことをふと思い出しましたNセンスです。
指にはめる、リングキャンディみたいなやつ、
ありましたよね。今もあるのかな?
昨年暮れに、元伊藤忠商事の会長、丹羽宇一郎さんが旅立たれました。
丹羽さんの書いたものはとても分かりやすく、
自分は二十代から三十代にかけて、
図書館から借りたりして何冊か読みました。
虫の眼になって深く知ること、
鳥の眼になって俯瞰すること、
魚の眼になって時流を読むこと。
また、頭の良い人というのは大勢いるが、
反対派も含め、多くの人をまとめていくには、
相手の立場に立って考え、分かりやすく伝えられること。
そんなことが書かれていたと記憶します。
しかし相手の立場に立って考えるなど、
ネット上の批判などを見ていれば、いかに難しいがが分かります。
丹羽さんについても、
中国大使をしていた当時の発言などで随分と批判がありましたが、
その真意は自分には分かりません。
ただ、危機意識は高く持ちながら、
あれだけ前向きに、事態を肯定的に受け入れる姿勢というのは、
読書量が多い云々より、氏の素質ではないかと思っていました。
今になって振り返りますと、
事実やデータを並べ、悲観したところで良い方向に向く筈もないため、
後人に語る上ではポジティブだった、そんな気もします。
先人の存在とは、本当にありがたいものです。
ご冥福をお祈りします。
(Nセンス)
『忸怩たる思い−jikujitaru omoi− vol.55』2026.1.
新年明けましておめでとうございます。
先日、ブラームスのハンガリー舞曲第5番を聴いておりましたら、
不意にチャップリン「独裁者」のひげ剃りシーンを
思い出しましたNセンスです。
さて、近年は季節が夏季と冬季に二分されつつあるように、
あらゆることの「二極化」が顕著になっています。
昨年からクマ被害の報道が続きましたが、秋田県に寄せられる意見の半数は、
県外からの、クマの駆除に反対する意見だと言います。
実際に被害を受けている地元のことを想うと、
この状況下で駆除に反対するなど考え難いことですが、
そういう人も一定数いるという現実があります。
ワクチンか反ワクチンか、原発廃止か継続か。
SNSで多くの人が意見できるようになり、
あらゆることが二極化され、分断されていきます。
自分は学生の頃から「中庸の徳」という考えが好きで、
どちらかに傾き過ぎることなく、
いつも中立的な立場で和を保ちたいと思っていましたが、
ある時、それは「八方美人だ」と指摘されたことがありました。
どちらの意見ももっともだとすれば、「ダブルスタンダードだ」と非難される。
反対の意見に耳を傾けることは大事なことですが、
和を保つために、どう自分の意見を切り出すか。
難しい世の中になりました。
チャップリンの「独裁者」で、主人公の床屋は最後に兵士へ訴えます。
それが、スマホ時代の我々に呼びかけているようにも聞こえます。
「獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、
人生を操る者たちは、君たちが何をし、考え、感じるかを指図する。
…君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。
心に人類愛を持った人間だ。」
(「独裁者」より抜粋)
情報過多時代、大事なことは、自分の意見を持ちながらも、
絶えず疑いを持つということでしょうか。
(Nセンス)
